大判例

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東京高等裁判所 平成4年(う)642号 判決

(1) 原判決は,被告人が,平成元年3月24日にした自動車運転免許証更新申請に際し,東京都K市H方が自己の住所ではないのに,同所が住所である旨虚偽の事実を申し立て,被告人に対する自動車運転免許証にその旨不実の記載をさせた旨の免状不実記載の公訴事実に対し,被告人は昭和58年3月28日右H方に住民登録を移した後,月に4,5回程度,少なくとも月に1回程度はH方に立ち寄り,その家族と寝食を共にしていたもので,被告人が特定のアジトに定住していたとか,H方以上の頻度と結び付きをもって身を寄せていた一定の場所があったとは認められないと判示し,右事実関係によれば本件当時の被告人の住所はH方であると認めるのが相当であり,本件については犯罪の証明がないとして,被告人に対し無罪を言い渡した。

(2) しかしながら,本件当時,被告人はT派革命軍の脈管として,厳重なる防衛体制のもとにアジトを基軸に活動し,その直前まで指名手配を受けていたのであり,そのような立場の被告人が,警察官から度重なる捜索を受けているT派公然活動家のH方に,捕捉されるような危険を冒して立ち寄り寝食を共にすることなどおよそ考えられず,被告人が,H方に住民登録を移したのは,脈管として任務を遂行するうえで不可欠な運転免許証の更新のための住所作りとしてのものであることが明らかであり,被告人が本件当時H方に居住していなかったことは関係証拠上優にこれを認めることができる。それなのに,原判決は,信用性に欠ける被告人及び証人H2の公判供述をたやすく信用し,これに引きずられて証拠の取捨選択,その評価,判断を誤り,著しく不自然かつ不合理な判断をして,本件について犯罪の証明がないとするものであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり破棄を免れない。

と主張する。

2 そこで被告人が住民登録をした経緯などを踏まえ,その申し立てにかかる住所地に居住していたか否かにつき検討するに,

(1) 被告人は,T派に所属しているものであるが,T派には非合法,非公然部門の地下組織としての革命軍があり,その一部として活動資金の運搬,指令文書の送達等の任務を担っている脈管が存在する。被告人は,脈管としてT派の活動に従事しているところ,脈管は,その任務遂行上,自動車運転が不可欠であり,検問等の際,警察官から免許証の提示を求められた場合等に備えて自己の氏名で運転免許を取得し,内容虚偽の身分証明書とともにこれを所持している。

(2) 被告人は,H方に住民登録を移転する以前には,長野県S郡H村の本籍地に住民登録をしていたが,本籍地に居住した事実は全くなく,被告人の両親は,H村役場から,本人が居住していないのに,住民票を置くことはできないと注意され,被告人から電話があるなどした機会に被告人にその旨伝えた。

それから,しばらくして,被告人は,昭和58年3月28日長野県S郡H村の本籍地から東京都K市所在のH方に住民登録を移転し,その翌日H方を住所地として免許更新をした(被告人は,H方に住民登録を移す前にも,居住したことが全くない右本籍地を住所地として免許更新をしている。)。

(3) T派においては,組織防衛のため脈管を秘匿することに意を用い,家族ドックと称して脈管が家族と旅行するなどの場合でも,事前に申請書,計画書を提出して組織の許可を受け,終了後は妻子との会話内容まで記載した報告書を提出することが義務付けられており,脈管については,その私生活に至るまで組織の厳重な規制がなされ,また,脈管が公然活動家等公然面の人物と接触するのは,汚染,すなわち警察に捕捉される危険が大きいとして,これを規制している。

また,脈管幹部によって書かれた秘密文書には,脈管が免許証に記載すべき住所について,「住所作り」と称し,種々の偽装工作をなすべきことが記載されており,家族ドック報告書中にもこれに照応するような内容の記載が存在する。

(4) H1,H2夫婦は,前記文書で,脈管が接触することは汚染の危険が極めて高いとされているT派の公然活動家ないしその同調者であり,そのうえ,同人方には,本件免許更新の僅か1か月半程前になされたものを含め,多数回にわたり警察の捜索等が実施されており,また,被告人は,他のT派構成員とともに免状不実記載等の事実で昭和62年9月逮捕状が発布され,全国指名手配されており,被告人がH方に出入りするのは,警察に捕捉される危険性が極めて高かった。

(5) 被告人が,H方に住民登録を移した後,偽名を用いてF市内の会社に就職し,会社の社宅であるFアジトに住み込んだり,同様偽名を用いてSアジトを借用して居住していた時期がある。右各アジト居住期間が比較的短期に終ったのは,被告人がFアジトに警察の捜査が及んでいることを察知し,あるいはSアジトに警察の捜査が実施されたことによると認められる。

(6) また,そもそもH方は,その面積,家族構成から考えて,被告人が同居し,長期間にわたって生活を共にするにはいかにも狭隘である。

(7) 夫のH1は,留守になる機会が多く不在がちであるというのに,被告人がH方を生活の本拠としてH1の妻のH2と夜間も共に過ごすというのは,常識的でない。

(8) H方に居住していないことが明らかなSなるものの住民登録がH方を住所地としてなされているところ,その手続はH1によってなされており,また,H方に郵送される多数のS宛ての官公署からの郵便物がH2の目に触れないはずはなく,H2もその事実を知っているものと認められる。

(9) H方の近隣に居住する者は,被告人を見たことがない旨明確に供述している。

(10) H方に存在した被告人の名前の書かれた衣料,スナップ写真等は偽装工作の一環としてなされた工作の結果である疑いが強いものである。

(11) 被告人の居住事実に関する被告人らの供述は,関係証拠に照らし到底信用することができない。

3 以上のほか,既に詳細に判示した諸状況をも合せ考えると,被告人が本件免許更新の当時を含め,H方に住民登録をして以来同人方を生活の本拠とし,原判決のように月に4,5回,少ないときでも1回程度H方に立ち寄り,その家族と寝食を共にしていたことなどは到底認められず,本件当時を含め,被告人がH方に居住していなかったことは明らかであり,これに反する原判決の事実認定はすべて支持することができず,本件公訴事実はその証明が十分であって,原判決には事実誤認がある。

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